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鴻山の「妖怪山水図」(鬼母手挈樽) [高井鴻山]

その二 鬼母手挈樽

鴻山一.jpg

「妖怪図」墨 紙本 一三六×六六cm

鬼母手に樽を挈(ひっさ)げ → 鬼母は手に酒樽を引っさげ
背に零児之を負い → 背に鬼子を背負い
鬼児呱々と泣く  → その鬼子は産声をあげ泣いている
鬼隣路を照して飛ぶ →鬼は隣路を照らしながら飛んでいる

「鴻山思いを過去にめぐらし、高井家の
盛時を追想し、家・国・民人のために致
したる跡を追憶し、而して現時の政情を
具(つぶさ)に視、さらに自己の境遇に
思い及ぶとき、幻影(げんえい)たちま
ち出現し、眠ればたちまち幻夢(げんむ)
を見る。妖怪画の巧を加うるはその風刺
と嘲罵(ちょうば)と鬱憤(うっぷん)
との噴出ますます盛んなるを示すととも
に、その裏面には深き感慨の潜在するも
のあるを見逃すべからず。」
岩崎長思は『高井鴻山小伝(岩崎長思)』

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鴻山の「妖怪図」(その一) [高井鴻山]

その二 妖怪図(その一)

妖怪図.jpg

妖怪図 一三九・五×五一cm 絹本着色

「目を閉じれば続々と現れる妖怪の群れ、もう描くのを止めようと思うが止められない。」
(鴻山語録「高井鴻山記念館」)


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鴻山の「妖怪山水画」(世伝百鬼図) [高井鴻山]

その一 世伝百鬼図

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世に伝う百鬼の図 → 世に問いたい 私の百鬼の絵を
土佐と狩野と   → 土佐派と狩野派と
二家は佳(よ)からざるに非(あら)ず → この二派が駄目だというのではない
籬下(りか)に立つを願わず → この二派に因ることを願わないだけである
筆を走らせ妄りに塗抹(とまつ)す → 筆を走らせ 一途に 塗ったり 消したり
現れ来る百鬼の奇 → 現れ来るのは 百鬼の奇想画
人言う是何物ぞ → 人は言う 是は何物ぞ
予亦之を知らず → 私もまた 是が何物か分からないのです

高井鴻山( たかいこうざん)

1806-1883 江戸後期-明治時代の豪農。
文化3年生まれ。京都で梁川星巌(やながわ-せいがん)、江戸で佐藤一斎に儒学をまなぶ。天保7年の飢饉には信濃(長野県)小布施に帰郷して窮民を救済した。詩文,書画をよくし、晩年の葛飾北斎(かつしか-ほくさい)を小布施にまねいた。維新後、東京と長野に高矣(たかい)義塾をひらいた。明治16年2月6日死去。78歳。本姓は市村。名は健。字(あざな)は子順。通称は三九郎。


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