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狂画の鬼才「河鍋暁斎」(その二十一) [河鍋暁斎]

(その二十一)「風俗鳥獣画帖」(その裏三 髑髏と蜥蜴)

髑髏と蜥蜴.jpg

「風俗鳥獣画帖」(その十三(裏三 髑髏と蜥蜴)絹本着色 (各一九・一×一四・六cm)
『特別展覧会 没後一二〇年記念 絵画の冒険者 暁斎 近代へ架ける橋(京都国立博物館)』所収「作品解説9」
「人は死ぬ。必ず死ぬ。その恐怖を忘れるために宗教が、はたまた哲学が生まれる。だが、宗教者も哲学者も、要するに死ぬ。この限りない公平さが宇宙を支えている。素晴らしい。その素晴らしさを絵にすればこうなる。満月のもとに暗く浮かぶ神社(日本人の心の故郷)を背景に、しゃれこうべが浮かびあがり、そのうつろな眼窩をひょいと蜥蜴が通り抜けてゆく。この蜥蜴もやがて死ぬ。文字も音楽も表現できない絵画の凄みがここにある。」
(『もっと知りたい 河鍋暁斎(狩野博幸著)』)

 この「風俗鳥獣画帖」の、最後を飾る「髑髏と蜥蜴」は、暁斎が学んだ狩野派(駿河台派)の「絵画(本画)」の世界のものではなく、また、その幼少時に学んだ歌川派(国芳派)の「浮世絵(肉筆画)」の世界でもない。
 強いて、そのルーツを探るならば、北斎の晩年の頃の「画狂人」「画狂老人」時代の、その画号の意味するところの「狂画」の世界とでも分類することが、一番似つかわしいという印象を深くする。
  この「髑髏と蜥蜴」のような、「髑髏」や「蜥蜴」を画題の中心に据えることは、「武家もの」(「武家社会」の武士階級が好む画題)を主体とする「狩野派」の世界とは異質のものと言えるであろう。
 これは「町人もの」(「商・工業者を中心とする町人文化」の画題)として発展して来た「浮世絵」などの特殊な画題で、当時の「蘭学」などの「解剖図」や「見世物」の「カラクリなどの仕掛けもの」などとの関連で浮かび上がって来るものであろう。
 北斎には、五十五歳の時に、その初編が刊行され、九十歳で亡くなった後も出版は続き、明治十七年(一八七八)に、その十五編が刊行されて完結した、六十四年に亘っての、江戸時代のベストセラー・ロングセラーとでも言える「絵手本集」の『北斎漫画』がある。
 これは、まさに「絵で見る江戸百科」とでも言えるもので、そこには、北斎の生涯の総決算とも言うべき「人物・動植物・風景・建築・幽霊・妖怪」等々、北斎を取り巻く神羅万象が全て網羅されている。
 事実、暁斎の、この「髑髏と蜥蜴」は、北斎の「百物語-しうねん」に関係するものなのかも知れない。落款は「為一筆」で、版元は不明、天保二年(一八三一)から三年(一八三二)頃の版行とされている。タイトルからすると百枚シリーズもののようであるが、「こはだ小平次」「さらやしき」「笑いはんにゃ」、そして、問題の次の「しうねん」の五作しか確認されていない。
 ここで、北斎の「百物語―しうねん」は、次の「位牌(戒名)・骨箱と蛇(骨箱から這い出て来る蛇)」などのものなのだが、これが、何やら「謎」を秘めているようなのである。

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北斎筆「百物語-しうねん」中判錦絵 葛飾北斎美術館蔵 天保元年(一八三〇) 東京国立博物館蔵

http://www.photo-make.jp/hm_2/hokusai_kisou.html

この「位牌」の「戒名」などは、「茂問爺院無嘘信士」とあり、この「茂問爺(ももんぢぢ)」とは何か(?)

これの解くヒントは、上の梵字なのかも知れない。これは、「女の横顔」なのである。即ち、(「茂問爺(ももんぢぢ)」=「女好き」→「無嘘(うそをつかない)」→「信士」)ということに相成る(?)

これは、北斎の真筆とされているが、ここまで、「画狂人卍」こと「北斎」その人が、かかる説明書き的な「卍」字を遺すものなのかどうか(?) やや、北斎工房の北斎門弟の手が入っているのかも知れない(?)

「北斎」も「暁斎」も、上記の解説文の「文字も音楽も表現できない絵画の凄みがここにある」ということになると、やや、「文字」そのものに頼っているという印象は拭えない(?)

それは、それとして、北斎の、この「百物語―しうねん」の、その「しうねん(執念)」を、
「北斎」の異名を継ぐ「暁斎」(「画狂人北斎の『狂=暁』と『北斎=斎』」)こと「狂斎」が、己の「風俗鳥獣画帖」の最後の一葉に、その「しうねん(執念)」を取り込んだということは、決して眉唾ものではなかろう。

とすると、この暁斎の「髑髏と蜥蜴」(裏・三図)は、「前々図(裏・一図)の『達磨の耳かき』の『美人』も、前図(裏・二図)の『お多福』の『醜女』も、死ねば、皆同じく、『髑髏(しゃれこうべ)』と化し、その化身のように、生前の華麗な衣装のごとき鱗を輝かせながら、『蜥蜴』が、眼窩からニョロリと這い出て来る」というようなことであろう(?)

もう一つ、この「蜥蜴」の鱗は、同じく、北斎の「百物語―さらやしき」の、その「皿でつなげたろくろ首」の文様に親近感があるようにも思えるのである。

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北斎筆「百物語-さらやしき」中判錦絵 葛飾北斎美術館蔵 天保元年(一八三〇) 東京国立博物館蔵


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